3月14日生理5日目

 生理が5日続くというのがちょっと奇跡的なので、

これもメモに残しておきます。

40歳時でAMH値が(卵子の保存量が測れると言われている
アンチミューラー管ホルモン)0.11だった私はそのころから
月経量がどんどん少なくなってきました。明らかに閉経に
向かっているのは分かるので、(ホッとフラッシュなどの
更年期の症状はまだありませんが)さみしいものです。

幹細胞を注入したことが大きいと思いますが、日々自分に
施していることがよいように出てるのかなと思っています。
シンプルに主治医も嬉しがっています。

1日、2日目の量がしっかりたっぷりあるし、色がめちゃめちゃ
鮮やかできれい。(こんなこと昔はどうでもよかったほど・・)
粘度は多少当たり前にあるもののさらさらとしている。
恐らく理想的な純度のよい経血じゃないかなとみています。

Twitterで不妊治療のこと特に高度医療で取り組んでいらっしゃる
方々の様子を拝見していて、励ましをいただいています。
Twitterはニュース源だと思って使っていて、自分からは発信する
ことはなかったのですが、今回からはこの「不妊治療」という
テーマで糧をみつけている感じですね。40代でも皆さん
自分と家族の望みのために闘ってらっしゃる。

よく「あなたは強い」とメキシコ人の友人にもよく言われます。
強くなりましたね。今回、新しいドナーさんでこの道を継続
すると決めてから、年齢のことが気にならなくなりました。
Twitterで多くの皆さんをみつけられたことも背中を押してくれていますね。
自分を責めることも無く、どうしようもない自分の体質と
運命とをさすがに受け入れきってしまったよう。

3月11日金曜日話し合い

 木曜に夫がアメリカ出張から戻ってきて、

金曜日に主治医のところへ行ってきました。

ドナーさんの卵は全て使ってしまったので
ここで道を断念するか続けるのかという判断を
まず夫婦でしなければいけませんでした。

私の中では「続ける」だったのですが、
夫は果たして・・・出張先のホテルででも
みてもらえるように、Emailで自分の気持ちや
考えを先に伝えておきました。

木曜の夕方帰って来て、夜にそっとそんな話を
と思いましたが、お疲れのところで結局できず。

翌朝、これまでなら朝ごはんの前に
プロゲステロン注射を夫に打ってもらっていたのですが
もちろんその作業も無くなり、何気なく
「(私)残念ながらお注射しなくてもよくなったね」
「(夫)あ、ほんまやなぁ」
「(私)自分でも問題なく打てたわ」
「(夫)じゃぁ、次回から自分で出来るな」
「(私)・・・・?次回???あるの???」
※出張中判定までは自分でお尻注射しました。

そしてそのまま朝の支度から家事、夫は出発まで
会社の仕事をして、車に乗り込み、
しばらくして、

「さっき、次回はとか言ったけど、
今日Loreに逢う時に今後どうするのかいわなあかんで、
我々夫婦の方針を。止めるんか、新しいドナーさんで
続けるのか。」
「お前はどうしたいねん?」
「そりゃ続けるよ。」
「じゃ、それでいいんじゃない?」

ということで。

養子縁組は夫は考えられないということでしたし、
(卵子提供を受け入れる時もそうだった)
この取り組みが出来る環境で、そして
我が家がまだ1,2年メキシコに居ることが
分かったし、今の条件で続けようと。


ほっとしました。

そして主治医の元へ。




事前に用意した私の質問を一つづつ解説してもらう中で
「あなたに必ず産んでもらいたい!!」と手を差し伸べて
訴えてくださいました。

「私たちは続けます」という結論を言う前です。

クリニックはメキシコ全体で7拠点あり、
私たちのクリニックも毎回人でいっぱい。
こちらのクリニックだけでも1年に何百人という
赤ちゃんの誕生にかかわっていて、
それまでの困難を抱えたデータは相当あるようです。
その全体の3%のレアケースに残念ながら私たちは
当てはまるとのこと。

困難だけれども道はある。そう言って、
新しいドナーさんが見つかるまで少し待ってということで
席を立ちました。

そして私自身、私の身体の力を、その力がたくましくなっているのを
たしかに感じます。感じるので、揺るがず、続けられます。

ただ・・・・これはあくまで卵子提供の機会に恵まれている
からで、そうでなければ終わってしまっています。

Twitterで不妊治療のことをシェアしようとついにつぶやきはじめました。


上がってくる関連のツイではあなたもあなたもあなたも・・・
と途絶えることのない30代40代の高度不妊治療の
様子を知ることが出来ます。

私も開示して、お互いの励みになるようにしました。

3月7日月曜日妊娠判定

 妊娠していませんでした。
移植後から少しづつお腹が大きくなって

自由な腹式呼吸が出来なくなっていたくらいなのですが
HGCホルモン値はゼロ以下でこれまでで最低値でした。

このファイルを開く時もドキドキはしたものの
躊躇なくクリックし・・・
そして値が無いことに頭は真っ白、
主治医と夫とのグループチャットに直ぐ報告し
これは妊娠していないということですよねと
確認しました。

「ごめんなさい、本当に、残念です。」

と。

日本に帰るお友達と自宅で過ごしていて、
彼女たちが帰ってから入れ替わるように通知がきました。

夫は昨日から出張で数日居ないので
これを直接分かち合うのは戻ってからです。

うーん、

なんでしょうね、放心が続いています。
感情があまり起こらない。涙も出ない。

私の不妊治療の大先輩、今はエルサルバドルに居ますが
彼女は最初から経験をシェアしてくれたり元気づけを
してくれたりしていて、直ぐに彼女にも報告しましたら、
電話がかかってきてその瞬間に初めて涙が出ました。


今は一晩明けたところですが、すごく落ち込んでいるわけでも
ないですが、とても冷めているし感情がわきにくいので
軽いdepressionの状態かなと思います。

このまま今年の秋にはやっとこさ親になれるかなと
思っていたのですがね。

卵子提供を受け入れるまでは、そんな考えを考えたことも
なかったし、受け入れられるものではなかったのですが、
今はそれが当たり前で進んでいます。

今後続けるなら新しいドナーを探さないといけないのですが
いろいろと観てまして、養子縁組と言うのも現実的に
考えるようになりました。

親、保護者として子どもを社会の中で最も身近な集団の中で
育てる、一緒に生きていく寛容的なスタイルです。

社会の大半の人達には受け入れがたかったり
特異に映ることかと思いますが、血縁があっても健全な
家族関係が出来にくい場合も多くあるわけですし、
自分がどう生きたいのかっていうところを問われることですが
夫と改めて話して今のところの結論をつけたいと思います。


2022年3月2日4度目の移植をしました

 治療が再開していました。
速いもので来週月曜日に妊娠判定です。

今回の流れを書き留めます。

昨年9月末の胎嚢摘出手術から、
先生の言っていたように1ヶ月半くらい
出血が続きました。その間に実は1度
生理が確認されましたが、その後年末に
かけてどきどきしながら待っていたけれど
生理は来ませんでした。
来なかったので年末年始らしく夫と食事を
楽しめたので、まぁよいか!
実際に12月に生理になったら移植準備
するんだろうかともやもやとはしておりまして。

1月29日土曜日
久しぶりの診察。
子宮内膜は完全に薄く、卵巣も活動はしていると。
更年期の症状は無いかと聴かれ、
それは無いと答えました。

「閉経に向かっているのは間違いないですね」
ということです。

注釈ですが、卵子提供で体外受精をする場合、
閉経後も受胎出産は可能です。

卵巣、卵子は早く老化してしまうけど
(私に限らず早すぎだろ!!人生長いのに。)
子宮はそれよりも若さを保てるということですね。

そこでPrimogynといういつものエストロゲン製剤を
1日3粒づつ5日間服用後、4粒に増やして続ける。
これを飲むことで、おりものが出始めます。
透明ですこし粘度のあるものが沢山出るようになります。
他目立った症状は副作用を始め私には
ありません。


2月10日木曜日
12日間の服用後、子宮内膜は7mmまで成長していました。
急展開です。
ここで、エストロゲン製剤のジェル状のものを
追加します。子宮の上の腹部に1日2回
12時間置きに塗ります。
前回までは1日3回だったのですが、今回は
2回で十分だと。薬が少なく反応が顕著な場合は嬉しいです☆


2月17日木曜日
Plasma をします。
Plasmaとは血漿、血液採取して血漿を取り出し、
子宮へ流し込んで組織を補強するためです。
ラボの作業時間が長いので2時間以上待って、
処置室へ。

また、甲状腺刺激ホルモン値、THS3を測るために
別途血液検査を。これは帰宅後に結果が分かり、
よくコントロールできているので、
こちらも薬の数が減りました!

他は当日からMeticortenという着床を助ける薬を
新たに処方され、翌日からいつもの
Progesteronオイルを臀部注射するようになります。
そして、移植日が23日と決まりました。

2月23日水曜日
移植日当日。
プロセスは分かっているし、
慣れた場所で慣れた人なので
なんともリラックスしていました。
心の奥ではどうなるんだろうかという
今後の不安は当然起こっていましたが。


モニターの上の黒い部分が膀胱。
処置前に500mlから1Lのお水を飲んで
膨らませて子宮が体内で動かないようにします。
子宮も薄っすら見えます。


今回は動画も撮りましたよ。

Lore先生と婦長的存在のMari。
最強コンビです。

Mariは先生が処置する前後も
他の患者さんをみつつ、私のお世話も
してくれるのですが
「4回目だよ・・・・」と嘆くと
「これが最後になる!私には分かる!」
「あなたの赤ちゃんを抱っこしたいわーー♪」
と言ってくれました。
実際に今回そうならなくても
彼女からはいつもとてつもない安堵をもらいます。


今回も2つ移植していますが1つ目の卵ちゃん。


移植は15分で終わりますが、
その後50分くらいはベッドで腰を高めにして
休息します。

先生は部屋を出ていくときに手をお腹の上に置いて
地球全てのエネルギーが届きますように!!
と元気をくれます。

処置室を出て、直ぐに診察室へ。
前回と同様、血栓防止の注射を処方されました。
腹部への自己注射です。
これらはもう慣れたものだから怖いとか
そういうのは無いです。

希望に向かっているうちは、
まっしぐらで少々の痛みはなんともありません。

さて今日は
3月2日水曜日

着床出血こそ見られませんが、
身体は大きく変化しています。

来週の月曜日を待ちましょう。

10月27日生理が来た

 どうやら今度こそ生理が来たらしいです。
頭痛も無く、一般的な感じです。
術後から出血し続け、それは深い茶色のものが
少量なのですが、今回はきりっと鮮やかな。
ほっとしました。
主治医にも報告し、次にやってきたときに
診察をして移植への準備に入ります。
やはり来月ですね。もともと45日後くらいに
やってくると聞いていたので、身体をより慎重
に扱うとすると、これを見送ってからさらに
次の生理をとして年内には出来ないのかなと
思っていたので、このまま順調に準備出来て
年末までに移植の結果も受けられれば、まぁ
こちらの都合なのですが、年末年始にまた
心新たに夫婦で進路を話し合えるなぁと
思っているところです♪

インスタでいろいろと上げているので
ブログではほんとこんな超雑記のような
もので、ご覧になる方が居れば、
つまららないかもしれないですね💦


いやーーーー、心はなかなか晴れませぬよ。

10月19日頭痛とdepresión

 Valle de Bravoの旅行、とてもよかったです♪
場所を変えるっていうだけでも気持ちがすーっと
抜けて晴れていくようなのですし、場所の持つ魅力、
お友達の魅力でとてもリラックスできました。

旅行の様子はインスタに沢山載せています。

こちらに旅行のことを書く前に、身体のことを
メモしておこうと思います。

胎嚢除去をして医師の言うように少量の出血が
今も出続けています。それが10月9日土曜日に
サラサラの鮮血に変り、量が少し増えました。
すると、薬を飲まなけれれば生活できないくらいの
頭痛が始まりました。

ホルモン変化が起こったなと思いました。
主治医に報告し、そのようですね様子を観てください
と伝えられています。

月曜日まで我慢していたのですが、
水曜日に出かけるためにも火曜日に、近所は
徒歩3分のお友達の医師に相談しました。彼は
自宅診療している内科医でホメオパシーを使って
自然的療法を研究している人でもあります。

ビデオ電話で今の状況を伝えて、
薬を用意してもらい、彼の家の庭に行きました。
奥さまのためにも自宅には今は誰も入れていない
のでお庭での診療です。

痛みを速く解放するためにも今回は注射をしました。
1mlを腕に筋肉注射。でも針は極細で痛みはありません。
続いて、痛みや違和感を感じる箇所7か所かな、へ、
少量づつ刺していきました。

イブプロフェンを最低限飲んで辛い痛みに耐えて
いたのですが、その後少しづつ穏やかになりました。

飲み薬と吸引薬は1日3回続けるようにと。


水曜日朝9時半に家を出て、4時間半のドライブの後
Valle de Bravo についてホテルへチェックインして暫く
痛みが無いことに気が付き、彼にメッセージしたら
「ははは、どんなに君が落ち込んでいるかということ
なのだけど、ありのまま身の回りにあるものにももっと
喜びを感じなさいよー!」と。

そして1週間経った今日(時間は不思議)、再診してもらい、
痛みはどこにもほぼ無いけど吸引と飲み薬は続けて、
今日もこれを打ちましょうということで・・・
持ちだしたのは「落ち込み」への薬(笑)

「子どもが欲しいというobseción、
叶わないことからの despreción
これをどう調整するかだよねーーー。
もちろん簡単ではないのだけど。」

と。

明るく話せて心も軽くなるけど、いつもいつも
頭に渦巻いている。







10月11日手術から20日

 インスタのプロフィール欄に
「不妊治療のことブログに書いています」
と書いていて、一度だけストーリーズに
そのことを流したら、お友達やまだお逢いした
ことの無い方から励ましの優しいメッセージを
沢山戴けました😭毎回ほんとに嬉しいし、
ご本人が不妊治療を経験された方も多く、
もちろん世の中には必要無く子どもさんを
授かる方も居るのですが、程度の差もあれど
「不妊治療」を経ている方がなんと多いことか
と痛感します。

「泣いてしまいました」と仰る方からは
反対に私がその優しさに触れて泣いてしまいますし、
大学の友人は、ふっとこれを、手術前ですけれど
送ってきて、わらかせてくれました。
私、ドクターX観てないからまったくわかん
なかった(笑)


ありがとう😊💗

さて、手術から2週間過ぎて、突然頭痛が始まって、
同時に出血が鮮血に変り、その量も増えていました。
主治医に聴くと、術後45日後に次の生理というのは
目安だけど、人に拠っていつ生理が来るのかは違います。
今回の鮮血が生理かどうかは数日観察してから判断しましょう。
ってことです。普通の生理にしては量は少ないし
生理の下腹部と腰の重さではないから、自分としては
違うと思っているのですが・・・。まぁ様子を観ましょう。

出血よりも頭痛が辛く・・・普段はこんな頭痛に遭うこと
はないから(二日酔いくらい)ホルモン変化が急に
起こったのだろうなと思います。主治医もそうだろう
と言っています。

今週は水曜日からちょっとだけ旅行へ出られるので
それまでに落ち着いてくれいと願うばかり( TДT)


Noteにお引越しします

 タイミングもあって https://note.com/mmktauchi/n/n5ff3420cb5d1 こちらにお引越ししました! ご関心のある方、 引き続き覗いてみてください💛