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3月27日不妊治療中何が辛かったのか



Twitterを開くと次から次に皆さんの取り組みの様子が現れてきます。

私の場合、今のところここまで何が辛かったかなと
考えてみましたら・・・

例えば大きな山場で最も涙を流した時期は、

1.採卵期に卵が見られず、卵子提供を受け入れた時
2.妊娠出来たと思いきや、胎嚢に赤ちゃんが居なかった時

でした。


受け入れがたい現実を受け入れなければいけなかった時、
この瞬間は希望が絶たれたようになります。

でも時間が経って、1のことは今では卵子提供によって
身体の中で赤ちゃんを育み、出産する希望の道の中に居て、
その時の苦悩を思い起こすことのほうが難しいくらいです。

ただ、義理の母に「すみません」って連絡してから
母の優しいメッセージに号泣嗚咽したことは鮮烈で
忘れられない体感で、母の優しさも同時に消えることは無いなと
思います。

※アルフォンソは走り寄ってきて、普段はしない顔ペロをしてくれました

2.これも、治療室で主治医が「残念です。申し訳ない。」と言った瞬間と
号泣嗚咽した感覚は忘れないものでしょう。

私たち夫婦の鮮烈な辛さはこの2場面ですが、

採卵周期では自己注射がもちろん嫌で毎日闘っている感じ。
卵巣も子宮も超音波画像を見るまでは内部がどうなっているのか
体感するのが極度に難しいので、体調はいいように感じても
それとこれとはシンクロしない難しさ・・・。

いつも「私の身体はどうなっているんだろう」という不安。
どうなるんだろうという不安。

治療を始めたばかりの頃は日々過去の自分を後悔する。

今は採卵する必要が無い分、身体も気持ちも半分くらい楽に
なったように思いますし、上を経験していって、気にしても仕方ないと
整理できているし、瞑想とヨガ、気功などを丁寧に取り組んで
自分の身体の状況が以前よりよくわかるようになっています。
採卵する、移植する全ての取り組みは、これはどんな人にも
毎回がんばったねってパートナーからのこれも全力の抱擁が必要!!!

誰がなんと言おうと、自分はこれでよいのだという覚悟や自信が
ついてきたように思います。

夫との関係も昨年半年のメンタルカウンセリングが想像以上に
効果をもたらしていると思います。男である彼は女の身体や気持ちを
分かるはずは無いかわりに、何をすれば夫婦間が温まるのか
理解が進んでいます。

解決、進歩出来ることは少しずつ出来てきました。

これでよいのだという感覚は私を支えます。

何が辛かったのか・・・辛いというか、不愉快だったことは
先にも言っているように、不妊を経験したことのない人や経験しても
出産に至った人たちの不用意な言葉や行為。そして、昨日も今日も
私には赤ちゃんが来てくれないという事実と生きていること。
手放すまではこれらは変わらないので、自分が気持ちよいように
工夫するだけですね。

1つ1つの周期は1ヶ月や数か月単位、休憩せねばいけない場合はもっと
時間がかかります。私は昨年は2回しか移植が出来ませんでしたし。
歳をとることも、もうずいぶんとこれまでのもやもやが晴れて、
何歳になっても叶いますようになどと思い始めています。

同時に、いくら卵子提供を受けようと、特に夫が「もう辞めようや」と
強く思ってしまった場合、子どもの居ない夫婦としての人生を決める時が
来るかもしれないので、取り組みつつ、いつも心に置いています。

全力で取り組みつつ、でもどうしようもないことはどうしようもない!
それもこれも自分の人生だと自分で視点を少しづつずらしながら
明るさを保つのです。

4回の移植の卵ちゃんの写真を全て公開します💛
毎回2個同時移植です。

2020年8月25日 ※1回目のみ初期胚で


2021年3月10日※ドナーさんの胚盤胞移植が始まる


2021年8月7日

2022年2月23日


何が起こっても、自分として力強く生きること。

3月25日特に何もないのですが


 
Twitterを見ていて、高度不妊治療を続けている方々の中には
PGT-A着床前診断を受けていらっしゃる方も多いのだなと気づきました。

私の医師は、若く選ばれたドナーさんの卵子提供では
必要ないという判断で私の場合も行ったことはありません。

自分の卵子では数少ない受精卵の場合、PGT-Aにかけることで
ダメージを与えてしまう恐れもあるなどで勧められませんでした。

同州で一昨年高齢でご出産されたご夫婦は、医師の勧めはなくとも
自分たちの判断で卵子提供を受けながらも、PGT-Aに受精卵を送り、
そのうちの最も健康とされる受精卵を1つ選び、ご出産なさいました。


日本では、今年から体外受精などの高度生殖補助医療にも保険適用が
拡大されているようですが、この着床前診断は適用外だそうで、
治療が続けられないと悩んでいる方も見受けられます。

着床前診断、保険適用見送り

「流産する確率が高くて、自費で検査出来ないなら
保険適用して流産するしかないのか」というとんでもない痛みが伝わる
Tweetもありました。

ERA検査、子宮内フローラ検査も日本で出始めているそうですが、
私の主治医は、周期によって変化が著しくてあまりあてにならない
と考えているそうで、私には必要ないと言っています。

日本のお医者さまの対応は分からないのですが、こちらでは
WhatsappというChatアプリがあって、そちらでカウンセリングルーム
以外のコミュニケーションをとっています。いつでもなんでもいいから
連絡してきてと言ってくれていますが、実際は忙しいので、本当に気になる
点のみWhatsしてます。(LINEするみたいな感じです)

そこでの音声メッセージのことで端的な返答だったので、
今度直接お会いするときに、もう少し詳しく聴いてみたいなと思っているところです。
周期毎に変化するとして、周期毎にその処方をしたらいいのじゃないかなとか
素人は思ってしまったりするので。

いやしかし・・・・

それぞれに違う人生、違う身体、違う人なのだけど、
ほとんど似たような悲しみ、不安とたたかっている女性が
こんなにも多いものとは・・・。



3月14日生理5日目

 生理が5日続くというのがちょっと奇跡的なので、

これもメモに残しておきます。

40歳時でAMH値が(卵子の保存量が測れると言われている
アンチミューラー管ホルモン)0.11だった私はそのころから
月経量がどんどん少なくなってきました。明らかに閉経に
向かっているのは分かるので、(ホッとフラッシュなどの
更年期の症状はまだありませんが)さみしいものです。

幹細胞を注入したことが大きいと思いますが、日々自分に
施していることがよいように出てるのかなと思っています。
シンプルに主治医も嬉しがっています。

1日、2日目の量がしっかりたっぷりあるし、色がめちゃめちゃ
鮮やかできれい。(こんなこと昔はどうでもよかったほど・・)
粘度は多少当たり前にあるもののさらさらとしている。
恐らく理想的な純度のよい経血じゃないかなとみています。

Twitterで不妊治療のこと特に高度医療で取り組んでいらっしゃる
方々の様子を拝見していて、励ましをいただいています。
Twitterはニュース源だと思って使っていて、自分からは発信する
ことはなかったのですが、今回からはこの「不妊治療」という
テーマで糧をみつけている感じですね。40代でも皆さん
自分と家族の望みのために闘ってらっしゃる。

よく「あなたは強い」とメキシコ人の友人にもよく言われます。
強くなりましたね。今回、新しいドナーさんでこの道を継続
すると決めてから、年齢のことが気にならなくなりました。
Twitterで多くの皆さんをみつけられたことも背中を押してくれていますね。
自分を責めることも無く、どうしようもない自分の体質と
運命とをさすがに受け入れきってしまったよう。

10月27日生理が来た

 どうやら今度こそ生理が来たらしいです。
頭痛も無く、一般的な感じです。
術後から出血し続け、それは深い茶色のものが
少量なのですが、今回はきりっと鮮やかな。
ほっとしました。
主治医にも報告し、次にやってきたときに
診察をして移植への準備に入ります。
やはり来月ですね。もともと45日後くらいに
やってくると聞いていたので、身体をより慎重
に扱うとすると、これを見送ってからさらに
次の生理をとして年内には出来ないのかなと
思っていたので、このまま順調に準備出来て
年末までに移植の結果も受けられれば、まぁ
こちらの都合なのですが、年末年始にまた
心新たに夫婦で進路を話し合えるなぁと
思っているところです♪

インスタでいろいろと上げているので
ブログではほんとこんな超雑記のような
もので、ご覧になる方が居れば、
つまららないかもしれないですね💦


いやーーーー、心はなかなか晴れませぬよ。

10月19日頭痛とdepresión

 Valle de Bravoの旅行、とてもよかったです♪
場所を変えるっていうだけでも気持ちがすーっと
抜けて晴れていくようなのですし、場所の持つ魅力、
お友達の魅力でとてもリラックスできました。

旅行の様子はインスタに沢山載せています。

こちらに旅行のことを書く前に、身体のことを
メモしておこうと思います。

胎嚢除去をして医師の言うように少量の出血が
今も出続けています。それが10月9日土曜日に
サラサラの鮮血に変り、量が少し増えました。
すると、薬を飲まなけれれば生活できないくらいの
頭痛が始まりました。

ホルモン変化が起こったなと思いました。
主治医に報告し、そのようですね様子を観てください
と伝えられています。

月曜日まで我慢していたのですが、
水曜日に出かけるためにも火曜日に、近所は
徒歩3分のお友達の医師に相談しました。彼は
自宅診療している内科医でホメオパシーを使って
自然的療法を研究している人でもあります。

ビデオ電話で今の状況を伝えて、
薬を用意してもらい、彼の家の庭に行きました。
奥さまのためにも自宅には今は誰も入れていない
のでお庭での診療です。

痛みを速く解放するためにも今回は注射をしました。
1mlを腕に筋肉注射。でも針は極細で痛みはありません。
続いて、痛みや違和感を感じる箇所7か所かな、へ、
少量づつ刺していきました。

イブプロフェンを最低限飲んで辛い痛みに耐えて
いたのですが、その後少しづつ穏やかになりました。

飲み薬と吸引薬は1日3回続けるようにと。


水曜日朝9時半に家を出て、4時間半のドライブの後
Valle de Bravo についてホテルへチェックインして暫く
痛みが無いことに気が付き、彼にメッセージしたら
「ははは、どんなに君が落ち込んでいるかということ
なのだけど、ありのまま身の回りにあるものにももっと
喜びを感じなさいよー!」と。

そして1週間経った今日(時間は不思議)、再診してもらい、
痛みはどこにもほぼ無いけど吸引と飲み薬は続けて、
今日もこれを打ちましょうということで・・・
持ちだしたのは「落ち込み」への薬(笑)

「子どもが欲しいというobseción、
叶わないことからの despreción
これをどう調整するかだよねーーー。
もちろん簡単ではないのだけど。」

と。

明るく話せて心も軽くなるけど、いつもいつも
頭に渦巻いている。







10月11日手術から20日

 インスタのプロフィール欄に
「不妊治療のことブログに書いています」
と書いていて、一度だけストーリーズに
そのことを流したら、お友達やまだお逢いした
ことの無い方から励ましの優しいメッセージを
沢山戴けました😭毎回ほんとに嬉しいし、
ご本人が不妊治療を経験された方も多く、
もちろん世の中には必要無く子どもさんを
授かる方も居るのですが、程度の差もあれど
「不妊治療」を経ている方がなんと多いことか
と痛感します。

「泣いてしまいました」と仰る方からは
反対に私がその優しさに触れて泣いてしまいますし、
大学の友人は、ふっとこれを、手術前ですけれど
送ってきて、わらかせてくれました。
私、ドクターX観てないからまったくわかん
なかった(笑)


ありがとう😊💗

さて、手術から2週間過ぎて、突然頭痛が始まって、
同時に出血が鮮血に変り、その量も増えていました。
主治医に聴くと、術後45日後に次の生理というのは
目安だけど、人に拠っていつ生理が来るのかは違います。
今回の鮮血が生理かどうかは数日観察してから判断しましょう。
ってことです。普通の生理にしては量は少ないし
生理の下腹部と腰の重さではないから、自分としては
違うと思っているのですが・・・。まぁ様子を観ましょう。

出血よりも頭痛が辛く・・・普段はこんな頭痛に遭うこと
はないから(二日酔いくらい)ホルモン変化が急に
起こったのだろうなと思います。主治医もそうだろう
と言っています。

今週は水曜日からちょっとだけ旅行へ出られるので
それまでに落ち着いてくれいと願うばかり( TДT)


9月29日死者の日フェリア

 出血の件は、胎嚢を取り除いてから次の生理が来る
約45日間ずっと続くのが一般的だそうです。オリモノ
シートで十分なくらいの量で、生理痛のような下腹部や
腰が重だるいことはまったくありません。

体調も好いし、最近知り合った新しいお友達と
セントロ散策と死者のFeriaへ行ってきました。
イラプアトのセントロはあまりお勧め出来る場所では
ないのですが、知っている明るい場所へ人の目が
ある条件で用を済ませにいくだけならばという
感じでしょうか☆

順番は違うけれど、死者の日フェリアから。

パペルピカドpapel picado に見かけない色がある。
平日だしゆったりしてて空気をあまり気にせずに
助かります💦

祭壇もすでにできていますね。




イラプアトオリジナルも見えます☆




今年はこんなミニ祭壇が売られていた💛
キャンドルもワカモレもミニチュアで再現。
60pesosなり。



アルフェニケ
(お供えの砂糖などで出来た何かしらのキャラクター)
も追加。


メキシコらしい色づかいを街中で楽しめる時期。
映画coco(邦題リメンバーミー)のように、
うきうきと集ってきているのかしら。

もうじき交代されるイラプアト市長ですがこの数年
近代化計画を進めていて、このセントロも随分と
きれいに歩きやすくなりました。





苺の町、苺のアートはここ1,2年で現れたのではないかな。
向こうに見える旧市庁舎ではイベント準備で閉館。
イダルゴ牧師の叫びの壁画は観られなかった。


明らかな旅行者のカップルもここいらで写真を
撮りまくっていた。


ランチはシンボル的な壁画の真横にある
Cafe Muralia へ。



エンチラーダ。今日はサルサロハ(赤トマトのソース)に
して。美味しいわ。



これは、モジェテ(mollete)
ボリージョというパンをくり抜いた中にお豆、
チーズ、バターを置き、お肉類を載せて焼き、
ピコデガジョ(玉ねぎ、トマト、シラントロ)と
合わせて戴く、メキシコのホームメイドピザのようなもの。
私けっこう好きなんですよね。


現代民族美術館はドライバーさんの都合により
今回はゆっくり見られなかったから次回へ♪



9月27日

 水曜日に手術を受け、その夜から抗生物質を3日間
飲みました。その副作用でお腹が緩いです。
痛み止めも処方されたのですが、幸いにも痛みは
一切無く、それは全く普通の身体の様子ではない
ですけど、大ごとではないですね。ただ金、土と
無かった出血が昨日日曜日から量を増して出てきた
のでこちらも先生に問い合わせ中です。具合が悪い
のなら直ぐ何かしら返答があると思うので、一般的
な状態だと今は理解しています。


独立記念を明けて、1ヶ月先には死者の日。
アルちゃんも死者の日ver.のバンダナを。
明日はひさしぶりに平日のおでかけを。
(診察やカウンセリングしかなかった(´;ω;`))
安全にいってまいります。

さて、ホルモン補充を止めてしばらく経ちますが、
この事態を受け止めることも含めて、精神的に
とても揺らいで辛いということはなかったのですが、
昨日はどうもイライラしがちで、今朝は起きてから
直ぐに、2か月くらい前に亡くなった地元の同級生
を想って切なくなっていました。中学生の時に
好きだった子です。ちょっとネガティブに寄りがち。

同級生って不思議で、どこかで今も同じ時代を生きてる
と信じがちです。彼は高校も同じだったけど、
交流は無くて20歳の時の帰省時の飲み会で少し喋った
のが最期でした。静かなイケメンでした。
だけど独身のままだったようです。

私の記憶の中の彼は中学生、14~15歳の時のお顔のまま。

不思議で、今日は涙が出てきます。ようやく亡くなった
ことを受け止められたのでしょうか。

誕生日もなぜか覚えており、来月です。だから享年は42歳。
今年はマリーゴールドを買って(メキシコはCenpasúchil
といいいます)、手を合わせたいと思います。

9月23日リセット始まる

 朝晩は13度から15度くらいで雨季もさすがに終わった
様子でひんやりさが強まっているメキシコです。

術後、昨日は直後は少量の出血があったものの、
起きた時はとても軽く、ホッとしたももの
「あぁ、なくなちゃったんだなぁ」という喪失感
を覚えました。

なんだか寂し気な描写が続いて読まれていても
辛い気分になっちゃうかもしれないのですが、
事実そうだとしても、でも意外と普通に明るく
過ごせているもんです。周りのおかげもあって🙏

お昼からはリセット再開の鍼灸をお願いしに
山崎君のところへ行ってきました。全身の按摩から
背面の必要箇所への鍼灸。背面では百会、目のつぼ、
仙骨周りを定期的にして、他は毎回変化させてます。
前面では、三陰交、関元はマストです。
今後はかおり先生のオンラインヨガクラスも
復活させて、身体づくりです👍

主治医のインスタグラム、最近ストーリーズを
よく上げてくださるようになっていて、本投稿は
もちろん大変有意義です。



人工授精か体外受精かどの手段をとられたか
分からないですが、治療中の患者さんが
自然妊娠出来たという報告を受けたことを
ストーリーズに上げています。

こういうケース、とてもよく聞きます。
この方の年齢と何が不妊の主な原因だったのか
今Loreに聴いているところです☆


9月22日手術

 手術無事に終わりました。
これまでこちらで3回の採卵で3回麻酔をかけて
いるんですが一番効きが速くて明けたとに身体が
楽です。

10時前にクリニックについて、待合室でほんの少し
待った後、処置室へ呼ばれました。処置室には
待機や休憩用のベッドが5台あり、処置室そのものは
2部屋あります。患者さんが多いので、待機の時間は
いつも少々あります。今回は10時50分に移動し、
点滴を始めました。しばらくして主治医のLoreが
入室して、

¨Cómo te sientes ???todo va bien ! Sale ?¨
どんな感じ?大丈夫よ、いい?
と手を握って声をかけてくれました。いつも本当に
頼りがいのある先生です。

今日までめそめそすることは一切なく過ごしていたの
ですが、処置室に入って処置服(なんて呼ぶのでしょう)
を渡してくれた看護師のMariと顔を合わせた瞬間に
涙が溢れていきました。Mariはここの看護師長のようで
他の看護師や先生からしょっちゅう名前を呼ばれています。
点滴はもちろん、シーツ一枚身体にかぶせてくれるのも
丁寧で(一般的にはみんな荒い(笑))、お仕事はてきぱき
してるのに、口調はいつも穏やかで落ち着いて、私から
すると存在が慈悲愛そのもの。先日クリニックでお逢い
したときは、「妊娠したよ」という報告をしたところ
だったので、今日お顔を合わせた時は、彼女は今日
私がどういう処置をしなければいけないのか知っている
わけで、辛さを解ってくれているような寄り添うように
居てくれていて、瞬間に涙が起こされた気がします。

その後で、もともとアシスタントドクターだったEduardo
と会い、彼も事情を知っているから、
¨Lo ciento Momoko pero ánimo!!!¨ 
残念だったけど、でも元気出して!!!
と声をかけてくれて、彼もいつも優しさを向けてくれるの
でそこでもまた泣いてしまうという・・・・。

手術直前のナーバスさと相まって爆発したんでしょう。

採卵の時と違うのは、指先にパルスメーターを付けて
酸素マスクをつけていたこと。麻酔があまりに速く
回ったので、休息のベッドで目が覚めるまでのことは
一切記憶がありません。吐き気もなく軽やかに目覚め、
しばらくして温かいカモミールティを戴きました。

ほっ、終わった🙏

多分1時間くらいベッドで休んで、出ていきました。
それから主治医とのカウンセリング。

ピルを使わずに生理を待ちます。術後には抗生物質
を3日間飲むだけ。漢方の先生は生理を2-3周期おいて
からの再移植を勧めること、1ヶ月は激しい運動と性交渉
は控えることと言っていることを伝えると、

生理2周期後というのはたしかに理想的ではある
けれども1周期後でも可能ではある。そして、我々は
特に今回の術後には生活制限は求めていないという
ことを聴きました。踏まえて、自分なりに身体が回復し、
生理が来て再び受胎できるように過ごしていきたい
と思います。血がめぐっていることを自分で体感
出来ていると問題無い気がします。


夫はずっと待ってくれています。パソコン持ち込んで
お仕事出来たいいのだけど。。夫とも話したのですが、
体外受精は精子さえ取れていれば、男性は付き添う
必要は無いんですよね。ここは公共交通機関で
私がクリニックまでたどり着けないし、運転もしない
ものだから夫の送迎は必要だし、日本よりも勤務時間
をフレクシブルに使うことが出来るので可能です。
そして心強い。でも周りを見ても、ご主人が付きそう
方ばかりですよ💛


9月21日

 今年は雨がとにかくよく降って、
夜の間にたっぷり水やりが出来ていたので
今日は久しぶりの手水やりでした。



今年に入って水不足だと騒がれていたのですが、
グアナフアトのダムの貯水量も回復したようです。
他州では決壊したところもあり、また土砂崩れも
起こりました。もともとの地球や宇宙の循環も
あると思うのだけど、それでも環境破壊による
気候変動は、人の命や暮らしを奪い、飢えた町では
治安が悪化し、テロリズムに加担するしかなくなる
ストーリーは、もう本当にどうしたらいいものか
胸が痛みます。


山梨県の叔父から富士山の写真が届きました。
どうやら初雪は終わったようだけど、
まだ夏姿。

どうやら、日曜日にサラマンカ市でナルコ同士の
争いでの小包爆弾を使った事件が起こったそう。
サラマンカからは日本人家庭がイラプアトに
沢山移っています。



記事にはグアナフアト州の治安悪化を懸念する
文面もあります。

ちなみに一番上のオレンジ枠が殺人事件件数です。
左側が州、右側がイラプアトです。

普段の私たちの暮らしには実はそんなに影響は
無いのですが、いつも近くで誰かが。。。と
警戒するに越したことはないですね😥

ところで、手術は明日です。
やっぱりちょっと落ち着きません。

9月13日診察

赤ちゃん、出てきてくれませんでした。

ひょっこり現れていないか、
やっぱり見えてくれないのか、
半分半分で臨みましたが、
胎嚢のみ順調に育ち、
赤ちゃんの影は見えませんでした。

診察室で超音波確認を念入りにして
最後に¨Lo siento mucho/大変残念です¨
と告げられた後
私の感情が噴き出して嗚咽していました。

夫も先生も私を優しくさすって
なだめてくれていました。


カウンセリング室で話をしました。

胎嚢のみ育ってしまうのは
とても稀で、年齢は関係ありません。
誰にでも起こりえるけれど稀だということ。
そして、PGT(着床前診断)でも分かり切れない
ことということです。

今回私たちはPGTは選んでいません。

今後はこの胎嚢を子宮内から
取り除いて身体をリセットさせるために
薬を飲んで自然排出させるか、
稽留流産手術をするか判断します。

その後2か月後には恐らく再び移植が可能に
なるということです。

先生は涙の止まらない私に
¨Lo siento mucho¨
を繰り返しましたが、

先生への信頼は揺らぎませんし、
先生にはまず今のここまでを
経験させてくれた感謝しかないと
お伝えしました。


今朝の待合室。

こちらで授かった子供ちゃんたちの写真が
沢山かざってあります☆

以前は、子どもの顔を観る、子どもを抱くことが
遠い遠いことのようでしたが、
今回健全に着床し、つわりも始まり、
日々膨らむお腹などを感じて
自分の身体が卵を受け入れられた
ことがとても満足で、

移植に向けてまた作業的にはいちからですが、
でも全くのもやもやの中からでは無く、
遠くへ行ってしまった感じも実は
ありません。

各種の不安や恐れはありますが。

今日から全てのホルモン補充を止めます。
ちょうど注射針は使い切ったところでした。


車の中で夫に

「メンタルカウンセリングはどうする?
もう最初の問題は解決してるから、
要らない気がするねんけど。」

と。
まさに私も同じことを思っていました。

4月にメンタルカウンセリングを受けた時は
「自分の何が悪いのか」
というところで止まっていて
ただただ辛くもやもやしていました。
見えないことが多かったのです。


4月からの十数回のセッションの中で
確実にそれらは整理され、
幹細胞注射(これは本当に意味が大きい)
を含めた新しい取り組みにより
今回着床し赤ちゃんは居なかったけれど
健康に過ごすことができました。

そして、嗚咽するほどの悲しみを受けても
自分のメンタルは意外にも澄んでいて
ふにゃふにゃと弱っている様子でも
ありません。

夫もそれを解ってくれているようです。

私は同時にさとったことを
彼に告げました。

「ゆきが(夫です)こうやって居てくれる
話てくれることで悲しみが相当柔いでいる。
今はカウンセリングは特に必要無いのかもね。」

と。

運転しながらでしたけど、
ちょっと嬉しそうに戸惑った表情を見せていました。

私たちには卵子提供という機会があり、
まだ次へ進むことが出来ます。

このことがどんな意味を持つのか、
先へ進んでより理解したいと思います。

SNSでは、赤ちゃんの写真を連投する方の
アカウントを非表示にしました🙏
赤ちゃんのお顔を観るのが嫌なのではなくて
その方の赤ちゃんと居ることの幸せを
伝えられるのが辛いということです。

自分の精神の健康のため。

SNSは自分が直感的に楽しいとか
美しいとか、世界を知るための
有意義なニュース源であって欲しいので。
いわゆるニュースは楽しいものとは限りませんが。

私も配慮しながら利用しますが、
それでも私の流すものが気に入らなければ
外してもらえればよいですよね。

今週はメキシコの独立記念ウィークで
夫は有休にして連休していますが、
まだお酒は呑めないねと話ながら
2人にとって、よい一息になればと
思います。

近いうちにValle de Bravoにも行けたらなぁ。


7月15日のクビレテの丘から

  ●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

インスタグラムでおパグとか
生活の様子を載せています。

 https://www.instagram.com/mmktauchi/


メキシコでの不妊治療についてインスタを通じて

お問い合わせがありました。

私も・・・という方ご遠慮なくインスタでもよいし、

mmktauchi@gmail.com

へご連絡ください😊

●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

昨日は、短期滞在のお友達の記念にもなるように

メキシコのど真ん中、

Cerro del Cubilete 

へ行ってきました。

今年の雨季は日中雨は降らないものの、

曇りでひんやりすることが多いですが、

昨日は日本の秋の始まりのような気持ちのよさでした。


ミサ中でしたが平日で観光客も訪問客も少ないです。


標高約2600M。上着やセーターが無いと手の先まで冷える

空気でした。


私たちが普段暮らしているところは1700Mです。






昨年が開所100周年記念で扉が新しくなっています。

キリスト像を拝み、空気を吸いこみ、記念撮影をして、

車で10分くらい降りたところにある



2015年に聖地への巡礼者の休憩所もかねてつくられたそうです。

私は今回が3度目の訪問ですが、静かでメキシコらしく

整えられ、出来れば一日巡礼者の休憩ベッドを借りたりして

過ごしてみたいなと思ってしまいます。




入館料は少し値上がりして88pesos。

36体のミイラが保存されています。

フラッシュ無しで写真撮影が可能です。

彼の名前はMoé名前が書いてあります。


彼には名前が無い。

家族が見つからなかったのだね。




1833年にグアナフアト市内でコレラが大流行し、

多くの人が亡くなりました。当時は土葬だったので、

亡くなった人からどんどんと埋葬するのですが、

余りに大量で政府の管理する土地が足りなくなります。

整理し、現存する家族が分かるものには課税するようになり、

分からないものは処分しようと掘り起こしたところ、

土の中からはきれいな状態のミイラ化されたからだが出てきた

ということです。

家族の分からないミイラは展示するようになり、

これがミイラ博物館の発端となるようです。

グアナフアトの乾燥した気候と土の中の酸素濃度や

豊富なミネラルがミイラの自然発生と保存を可能にしています。

また、数としては世界一だそうです。

グアナフアト市内に本家の博物館があります。

見どころは他に、プロレスリング。

この日は若い恋人たちがガチで闘いあっていました。

(かなり面白くて声を出して笑わせてもらいました。)


なぜリングが・・・

と言いますと、古い映画に有名なメキシコレスラー

ミルマスカラスが登場する、

グアナフアトのミイラたちという映画を上映しているのです。

1972年の作品です。



私はまだLucha Libreを観たことはないですが、

グアナフアト、メキシコを知るよい材料たちです。



私も入ってみました。


今日のドライバーさん、Javier。

友人の会社が利用しているタクシー会社ですが、

3年前まで親しくして帰国した友人もよく利用していたので

知り合いだったのですが、我が家というか夫の会社では

使わないために3年ぶりの再会でした。

今月70歳になります。

描かれているHacienda(大農場)の酔っ払いに

紛れてもらいました。

テキーラとビールが大好きな気のいいおじちゃんです。


彼が同行してくれるとメキシコのことを少し解説してくれて

有意義です。

こちらの壁画はhaciendaの暮らしを描いています。

農場の労働者たちはお給料をここにもらいに来ます。

働きの悪いものは、鞭で叩かれたりもします。

そしてうさを晴らすのに酔いどれるということです。


お土産屋さんがいくつも出来て内容も魅力的でした♪








昼食はイラプアトまで戻り、


最近夫婦で、あるいはバレーボール終わりとかに

よく来ます。

ぷりぷり海老のフリートのタコスがとても美味しいです💛

是非食べてもらいたい。

サルサは沢山ついてきますが、パセリのマヨネーズと

併せるのが。

子どもはTortilla無しで注文し、

フォークでもぐもぐと。


Ceviche de Camarón


Agua chile de Camarón 


大人3人子ども2人、大満足でした。

TaquitoFishは12:00には開いているので

日本人のリズムにもちょうどよいです😙





Noteにお引越しします

 タイミングもあって https://note.com/mmktauchi/n/n5ff3420cb5d1 こちらにお引越ししました! ご関心のある方、 引き続き覗いてみてください💛