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2022年3月2日4度目の移植をしました

 治療が再開していました。
速いもので来週月曜日に妊娠判定です。

今回の流れを書き留めます。

昨年9月末の胎嚢摘出手術から、
先生の言っていたように1ヶ月半くらい
出血が続きました。その間に実は1度
生理が確認されましたが、その後年末に
かけてどきどきしながら待っていたけれど
生理は来ませんでした。
来なかったので年末年始らしく夫と食事を
楽しめたので、まぁよいか!
実際に12月に生理になったら移植準備
するんだろうかともやもやとはしておりまして。

1月29日土曜日
久しぶりの診察。
子宮内膜は完全に薄く、卵巣も活動はしていると。
更年期の症状は無いかと聴かれ、
それは無いと答えました。

「閉経に向かっているのは間違いないですね」
ということです。

注釈ですが、卵子提供で体外受精をする場合、
閉経後も受胎出産は可能です。

卵巣、卵子は早く老化してしまうけど
(私に限らず早すぎだろ!!人生長いのに。)
子宮はそれよりも若さを保てるということですね。

そこでPrimogynといういつものエストロゲン製剤を
1日3粒づつ5日間服用後、4粒に増やして続ける。
これを飲むことで、おりものが出始めます。
透明ですこし粘度のあるものが沢山出るようになります。
他目立った症状は副作用を始め私には
ありません。


2月10日木曜日
12日間の服用後、子宮内膜は7mmまで成長していました。
急展開です。
ここで、エストロゲン製剤のジェル状のものを
追加します。子宮の上の腹部に1日2回
12時間置きに塗ります。
前回までは1日3回だったのですが、今回は
2回で十分だと。薬が少なく反応が顕著な場合は嬉しいです☆


2月17日木曜日
Plasma をします。
Plasmaとは血漿、血液採取して血漿を取り出し、
子宮へ流し込んで組織を補強するためです。
ラボの作業時間が長いので2時間以上待って、
処置室へ。

また、甲状腺刺激ホルモン値、THS3を測るために
別途血液検査を。これは帰宅後に結果が分かり、
よくコントロールできているので、
こちらも薬の数が減りました!

他は当日からMeticortenという着床を助ける薬を
新たに処方され、翌日からいつもの
Progesteronオイルを臀部注射するようになります。
そして、移植日が23日と決まりました。

2月23日水曜日
移植日当日。
プロセスは分かっているし、
慣れた場所で慣れた人なので
なんともリラックスしていました。
心の奥ではどうなるんだろうかという
今後の不安は当然起こっていましたが。


モニターの上の黒い部分が膀胱。
処置前に500mlから1Lのお水を飲んで
膨らませて子宮が体内で動かないようにします。
子宮も薄っすら見えます。


今回は動画も撮りましたよ。

Lore先生と婦長的存在のMari。
最強コンビです。

Mariは先生が処置する前後も
他の患者さんをみつつ、私のお世話も
してくれるのですが
「4回目だよ・・・・」と嘆くと
「これが最後になる!私には分かる!」
「あなたの赤ちゃんを抱っこしたいわーー♪」
と言ってくれました。
実際に今回そうならなくても
彼女からはいつもとてつもない安堵をもらいます。


今回も2つ移植していますが1つ目の卵ちゃん。


移植は15分で終わりますが、
その後50分くらいはベッドで腰を高めにして
休息します。

先生は部屋を出ていくときに手をお腹の上に置いて
地球全てのエネルギーが届きますように!!
と元気をくれます。

処置室を出て、直ぐに診察室へ。
前回と同様、血栓防止の注射を処方されました。
腹部への自己注射です。
これらはもう慣れたものだから怖いとか
そういうのは無いです。

希望に向かっているうちは、
まっしぐらで少々の痛みはなんともありません。

さて今日は
3月2日水曜日

着床出血こそ見られませんが、
身体は大きく変化しています。

来週の月曜日を待ちましょう。

9月29日死者の日フェリア

 出血の件は、胎嚢を取り除いてから次の生理が来る
約45日間ずっと続くのが一般的だそうです。オリモノ
シートで十分なくらいの量で、生理痛のような下腹部や
腰が重だるいことはまったくありません。

体調も好いし、最近知り合った新しいお友達と
セントロ散策と死者のFeriaへ行ってきました。
イラプアトのセントロはあまりお勧め出来る場所では
ないのですが、知っている明るい場所へ人の目が
ある条件で用を済ませにいくだけならばという
感じでしょうか☆

順番は違うけれど、死者の日フェリアから。

パペルピカドpapel picado に見かけない色がある。
平日だしゆったりしてて空気をあまり気にせずに
助かります💦

祭壇もすでにできていますね。




イラプアトオリジナルも見えます☆




今年はこんなミニ祭壇が売られていた💛
キャンドルもワカモレもミニチュアで再現。
60pesosなり。



アルフェニケ
(お供えの砂糖などで出来た何かしらのキャラクター)
も追加。


メキシコらしい色づかいを街中で楽しめる時期。
映画coco(邦題リメンバーミー)のように、
うきうきと集ってきているのかしら。

もうじき交代されるイラプアト市長ですがこの数年
近代化計画を進めていて、このセントロも随分と
きれいに歩きやすくなりました。





苺の町、苺のアートはここ1,2年で現れたのではないかな。
向こうに見える旧市庁舎ではイベント準備で閉館。
イダルゴ牧師の叫びの壁画は観られなかった。


明らかな旅行者のカップルもここいらで写真を
撮りまくっていた。


ランチはシンボル的な壁画の真横にある
Cafe Muralia へ。



エンチラーダ。今日はサルサロハ(赤トマトのソース)に
して。美味しいわ。



これは、モジェテ(mollete)
ボリージョというパンをくり抜いた中にお豆、
チーズ、バターを置き、お肉類を載せて焼き、
ピコデガジョ(玉ねぎ、トマト、シラントロ)と
合わせて戴く、メキシコのホームメイドピザのようなもの。
私けっこう好きなんですよね。


現代民族美術館はドライバーさんの都合により
今回はゆっくり見られなかったから次回へ♪



9月23日リセット始まる

 朝晩は13度から15度くらいで雨季もさすがに終わった
様子でひんやりさが強まっているメキシコです。

術後、昨日は直後は少量の出血があったものの、
起きた時はとても軽く、ホッとしたももの
「あぁ、なくなちゃったんだなぁ」という喪失感
を覚えました。

なんだか寂し気な描写が続いて読まれていても
辛い気分になっちゃうかもしれないのですが、
事実そうだとしても、でも意外と普通に明るく
過ごせているもんです。周りのおかげもあって🙏

お昼からはリセット再開の鍼灸をお願いしに
山崎君のところへ行ってきました。全身の按摩から
背面の必要箇所への鍼灸。背面では百会、目のつぼ、
仙骨周りを定期的にして、他は毎回変化させてます。
前面では、三陰交、関元はマストです。
今後はかおり先生のオンラインヨガクラスも
復活させて、身体づくりです👍

主治医のインスタグラム、最近ストーリーズを
よく上げてくださるようになっていて、本投稿は
もちろん大変有意義です。



人工授精か体外受精かどの手段をとられたか
分からないですが、治療中の患者さんが
自然妊娠出来たという報告を受けたことを
ストーリーズに上げています。

こういうケース、とてもよく聞きます。
この方の年齢と何が不妊の主な原因だったのか
今Loreに聴いているところです☆


9月22日手術

 手術無事に終わりました。
これまでこちらで3回の採卵で3回麻酔をかけて
いるんですが一番効きが速くて明けたとに身体が
楽です。

10時前にクリニックについて、待合室でほんの少し
待った後、処置室へ呼ばれました。処置室には
待機や休憩用のベッドが5台あり、処置室そのものは
2部屋あります。患者さんが多いので、待機の時間は
いつも少々あります。今回は10時50分に移動し、
点滴を始めました。しばらくして主治医のLoreが
入室して、

¨Cómo te sientes ???todo va bien ! Sale ?¨
どんな感じ?大丈夫よ、いい?
と手を握って声をかけてくれました。いつも本当に
頼りがいのある先生です。

今日までめそめそすることは一切なく過ごしていたの
ですが、処置室に入って処置服(なんて呼ぶのでしょう)
を渡してくれた看護師のMariと顔を合わせた瞬間に
涙が溢れていきました。Mariはここの看護師長のようで
他の看護師や先生からしょっちゅう名前を呼ばれています。
点滴はもちろん、シーツ一枚身体にかぶせてくれるのも
丁寧で(一般的にはみんな荒い(笑))、お仕事はてきぱき
してるのに、口調はいつも穏やかで落ち着いて、私から
すると存在が慈悲愛そのもの。先日クリニックでお逢い
したときは、「妊娠したよ」という報告をしたところ
だったので、今日お顔を合わせた時は、彼女は今日
私がどういう処置をしなければいけないのか知っている
わけで、辛さを解ってくれているような寄り添うように
居てくれていて、瞬間に涙が起こされた気がします。

その後で、もともとアシスタントドクターだったEduardo
と会い、彼も事情を知っているから、
¨Lo ciento Momoko pero ánimo!!!¨ 
残念だったけど、でも元気出して!!!
と声をかけてくれて、彼もいつも優しさを向けてくれるの
でそこでもまた泣いてしまうという・・・・。

手術直前のナーバスさと相まって爆発したんでしょう。

採卵の時と違うのは、指先にパルスメーターを付けて
酸素マスクをつけていたこと。麻酔があまりに速く
回ったので、休息のベッドで目が覚めるまでのことは
一切記憶がありません。吐き気もなく軽やかに目覚め、
しばらくして温かいカモミールティを戴きました。

ほっ、終わった🙏

多分1時間くらいベッドで休んで、出ていきました。
それから主治医とのカウンセリング。

ピルを使わずに生理を待ちます。術後には抗生物質
を3日間飲むだけ。漢方の先生は生理を2-3周期おいて
からの再移植を勧めること、1ヶ月は激しい運動と性交渉
は控えることと言っていることを伝えると、

生理2周期後というのはたしかに理想的ではある
けれども1周期後でも可能ではある。そして、我々は
特に今回の術後には生活制限は求めていないという
ことを聴きました。踏まえて、自分なりに身体が回復し、
生理が来て再び受胎できるように過ごしていきたい
と思います。血がめぐっていることを自分で体感
出来ていると問題無い気がします。


夫はずっと待ってくれています。パソコン持ち込んで
お仕事出来たいいのだけど。。夫とも話したのですが、
体外受精は精子さえ取れていれば、男性は付き添う
必要は無いんですよね。ここは公共交通機関で
私がクリニックまでたどり着けないし、運転もしない
ものだから夫の送迎は必要だし、日本よりも勤務時間
をフレクシブルに使うことが出来るので可能です。
そして心強い。でも周りを見ても、ご主人が付きそう
方ばかりですよ💛


9月15日メンタルカウンセリング

しばらくメンタルカウンセリングはお休みしようか
と夫と話して、昨日先生にお伝えしたら、
「もちろんわかりました。よかったら、
締めくくりのセッションをしませんか?」
とお返事が来たので、
そうだなと思い、同時に夫も同席してもらおう
と伝えて了解を得て、
今朝行って参りました。

いつものように、今何を感じて何を考えて
いますかという問いから始まり、
夫からも同じように話してもらいました。

今回印象的だったのは、
「もう名前は決めているの?」
という問いから
「毎回変えたほうがいいかもしれないね」
というアドバイス。

例えば私だとこれまで3回の移植で
しかも毎回2個の受精卵を移植しているので
命の種を6個も失っていることになります。

私たちは「私たちの子ども」という1つの存在や
タマシイを求めたりあるいは感じているのですが、
実際にはそれらの受精卵にはそれぞれに
違う特性を持った人の子どもになりえたものなので、
同じ名前であり続けなくてもよいということ
なんです。

考えたことは無かったのですが、違うものの見方
として取り入れてもよいかなと思いました。

この考え方のほうが心が楽ですね。

それから、”Maternidad/母性”を培う時に

1. ganas de ser mamá
2. ganas de tener hijos
3. ganas de embarazar 

1.母になりたいと思うこと
2.子どもを持ちたいと思うこと
3.妊娠したいと思うこと

はそれぞれ別の見方であるということにも
触れていただきました。

今後それぞれに分けて考えてみたいと思います。

次にどのタイミングでマリアナ先生との
セッションに戻るのか分からないですが、
いつでも戻ってきてくださいと言ってくださいました。

セッションに夫が同席したのは初回と
中の2回と今回だけですが、
本当に効果的だったと思います。

2人だけで会話するのとは別次元の豊かさを得られます。

マリアナ先生にも感謝しかありませんね。

今現在、私は赤ちゃんは居ないにも関わらず、
そしてホルモン補充を止めているにも関わらず、
吐き気などがあり、お腹も膨らんだままです。

赤ちゃんの居ない妊娠現象を体験するのは
重たいことです。

でもめそめそと落ち込んでいない私の内側を
たしかに感じえています。

胎嚢除去手術は来週水曜日に決まりました。
全身麻酔なので朝から絶食です。

そこから身体をリセットですね。




今日から明日はメキシコ独立記念祝祭日。
日本語を教えているご近所さんが
ポソレなどを持ってきてくださいました。
今回は買いましたが♪

自分が喜ぶことを選んで気持ちよく過ごして
いきたいと思います。







9月13日診察

赤ちゃん、出てきてくれませんでした。

ひょっこり現れていないか、
やっぱり見えてくれないのか、
半分半分で臨みましたが、
胎嚢のみ順調に育ち、
赤ちゃんの影は見えませんでした。

診察室で超音波確認を念入りにして
最後に¨Lo siento mucho/大変残念です¨
と告げられた後
私の感情が噴き出して嗚咽していました。

夫も先生も私を優しくさすって
なだめてくれていました。


カウンセリング室で話をしました。

胎嚢のみ育ってしまうのは
とても稀で、年齢は関係ありません。
誰にでも起こりえるけれど稀だということ。
そして、PGT(着床前診断)でも分かり切れない
ことということです。

今回私たちはPGTは選んでいません。

今後はこの胎嚢を子宮内から
取り除いて身体をリセットさせるために
薬を飲んで自然排出させるか、
稽留流産手術をするか判断します。

その後2か月後には恐らく再び移植が可能に
なるということです。

先生は涙の止まらない私に
¨Lo siento mucho¨
を繰り返しましたが、

先生への信頼は揺らぎませんし、
先生にはまず今のここまでを
経験させてくれた感謝しかないと
お伝えしました。


今朝の待合室。

こちらで授かった子供ちゃんたちの写真が
沢山かざってあります☆

以前は、子どもの顔を観る、子どもを抱くことが
遠い遠いことのようでしたが、
今回健全に着床し、つわりも始まり、
日々膨らむお腹などを感じて
自分の身体が卵を受け入れられた
ことがとても満足で、

移植に向けてまた作業的にはいちからですが、
でも全くのもやもやの中からでは無く、
遠くへ行ってしまった感じも実は
ありません。

各種の不安や恐れはありますが。

今日から全てのホルモン補充を止めます。
ちょうど注射針は使い切ったところでした。


車の中で夫に

「メンタルカウンセリングはどうする?
もう最初の問題は解決してるから、
要らない気がするねんけど。」

と。
まさに私も同じことを思っていました。

4月にメンタルカウンセリングを受けた時は
「自分の何が悪いのか」
というところで止まっていて
ただただ辛くもやもやしていました。
見えないことが多かったのです。


4月からの十数回のセッションの中で
確実にそれらは整理され、
幹細胞注射(これは本当に意味が大きい)
を含めた新しい取り組みにより
今回着床し赤ちゃんは居なかったけれど
健康に過ごすことができました。

そして、嗚咽するほどの悲しみを受けても
自分のメンタルは意外にも澄んでいて
ふにゃふにゃと弱っている様子でも
ありません。

夫もそれを解ってくれているようです。

私は同時にさとったことを
彼に告げました。

「ゆきが(夫です)こうやって居てくれる
話てくれることで悲しみが相当柔いでいる。
今はカウンセリングは特に必要無いのかもね。」

と。

運転しながらでしたけど、
ちょっと嬉しそうに戸惑った表情を見せていました。

私たちには卵子提供という機会があり、
まだ次へ進むことが出来ます。

このことがどんな意味を持つのか、
先へ進んでより理解したいと思います。

SNSでは、赤ちゃんの写真を連投する方の
アカウントを非表示にしました🙏
赤ちゃんのお顔を観るのが嫌なのではなくて
その方の赤ちゃんと居ることの幸せを
伝えられるのが辛いということです。

自分の精神の健康のため。

SNSは自分が直感的に楽しいとか
美しいとか、世界を知るための
有意義なニュース源であって欲しいので。
いわゆるニュースは楽しいものとは限りませんが。

私も配慮しながら利用しますが、
それでも私の流すものが気に入らなければ
外してもらえればよいですよね。

今週はメキシコの独立記念ウィークで
夫は有休にして連休していますが、
まだお酒は呑めないねと話ながら
2人にとって、よい一息になればと
思います。

近いうちにValle de Bravoにも行けたらなぁ。


9月9日思うこと

*-*-*-*-*-*-*-*-*-*
不妊治療経過
*-*-*-*-*-*-*-*-*-*

体外受精(自分の卵子)採卵3回 移植1回
体外受精(卵子提供)移植2回
卵管両側閉塞、AMHゼロ近く
主な婦人科系疾患はありません。
36歳で2か月の流産を経験しています。
現在43歳です。

全てレオン市のInstituteVidaのLorena先生のもとで
行っています。
それ以前には不妊専門ではありませんでしたが
メキシコ人の先生に診てもらった時期はありました。
結婚は長かったのですが、若い時期に
子どもを授かろうと努力していたわけでは
ありませんでした。
38歳になってようやく自分の不妊を意識
し始めました。


重たいムードになってしまうかもしれませんが・・・。
今回はほぼ諦めています。
夫は月曜日にはっきり分かったら
またその時に考えよう!
と言ってくれていますが。

毎日数回腹部にエストロゲンジェルを塗りますが、
昨夜「お腹膨らんでるのになぁ。準備できてるのになぁ。」
と不思議さいっぱいでこぼしていました。

一般的に男性は女性の身体の仕組みをあまり理解していないので
(人の身体の仕組みそのものもそうですが)
不妊治療を進める時にはこのギャップを埋めていくことも
大事です。

でもさすがに、夫もいろいろ学んだようで、純粋な興味を
示して話しをしてくれます。
(これがとても嬉しい)

前回も書きましたが、誰も超高齢で出産しようなんて
目論んではいなくて、気づいたらその時期に来ていた
ということで、今回完全ではなくとも受胎できたことで
来年の4月くらいだなと、ぼんやりと思い、その時なら
まだ43歳。
夫も出産はレオン市というのは決まっているので
「●●ホテルにとまろーーー」
とかすでに楽しそうであったりしていますが、
延びてしまうと、43歳ではもう難しいかもしれないなぁと
現実的な算段をしているところです。

今回のを”リセット”して準備に入っていくには数か月
かかるだろうからです。。

写真はお友達と弟がくれたお守り。
毎日手を合わせていますが、まだお祈りが足りないのかな。


こんな時には晴れのメキシコの空が元気をくれるのは
間違いないですね。








9月8日診察

妊娠判定後2回目の診察で、今日で6週目と5日になります。
結論から先に言うと、
赤ちゃんが見えないということです。
胎嚢は写真のようにとても順調に育って、
私のお腹も膨らみ、つわりもはじまっているのですが。 


赤ちゃんが見えない・・・のです。
緊急で来週月曜日に診察をすることになりました。


出産できるまで何が起こるか分からないという
緊張感は持ち合わせていましたが・・・。
診察室で話を聴いても、事実がすっと
落ちてこず、悲しさとかそういう感情的な
ものはありませんでした。

受精卵が着床して、胎嚢と赤ちゃんになる
卵黄嚢は独自に成長するということで
初めて知ったことでした。

先生はいろんな角度で観てくれましたが
卵黄嚢にあたるものは見当たらず。

診察室でふっと夫に手を伸ばして
繋いでもらいました。不安で。

診察室を出て、先生と話しましたが、
これは誰も悪くない。
まず次の診察を待ちましょう、

胎嚢はしっかり育っていて、卵を受け取っている
その力はあるし、身体がそうつくられている
ことは確かだからと。

それと、このケースは若い方でも起こる
そうで年齢は関係ないそうです。

望まれないことが起こると、
自分のせいにしてしまうのですが、
どうしようもないこともあるのだなぁと
受け取らざるを得ないですが、
でも、どちらかというと
やっぱり自分の何かが悪いのかな
申し訳ないなと思っちゃうものです。

夫はずっと献身的です。
それなりの仕事量があると思うのですが、
診察へも毎回連れだってくれ、
移植後はずっと重たいものは私に持たせない
ように、苦手なワンコの散歩も今では
朝も代わってやってくれています。

帰宅してお昼ご飯を食べ、
私は落ち着かず、雨続きで汚れた
玄関をポーチを流して掃除しました。
部屋に戻ると夫は仕事を続けているのですが、

「8週目で現れる子もおるらしいで」

と😳

その事実よりも、
私の居ない間にささっとそういうことを
調べてくれていたことに感激してしまいました。

血栓防止の薬やエストロゲン、
プロゲステロン、全ての薬は
変えずにまず月曜日を迎えます🙏

車内でふと思いだしたことを
夫に話しました。

昨年の今頃、近所に住むアルゼンチン人の
奥さんと私の不妊治療について
少しだけ話したことがありました。

その時に
「あ、ちょうどね、アルゼンチンのお友達が
ながーい治療の末に産んだの。」
と聞き、その時は自分の卵子だと聞いたので
ますます興味を持って、
その方の連絡先を戴き、
お話を伺いました。

すると、彼女は48歳で第一子を出産された
のですが、それは「受精卵提供」
によるものでした。

ご結婚は遅めで、自分の卵子でも
卵子提供でも体外受精を長い期間
行って、妊娠できたけど流産した
という場合も含めて、
最終的に「受精卵提供」を
出産出来たという話でした。

その時点では、私たちは
卵子提供すら受け入れていない
段階でしたので、
「そこまでして・・・」
という印象ももちろんありましたが、

今はその方や、私よりも高齢で
出産なさる方のご苦労や気持ちが
分かるようです。

48歳で出産することをもともと
誰も目論んでは居なくて、
ただただこの道のりで
疲れても疲れても
望みを持ち続けていたら
気づけばその年齢になっていた
っていうことで、
それは私も同じことなのだなと
体感しています。

その後も彼女と何度か
連絡しましたが、

「きっとうまくいく、
きっと救われる」

と言ってれる、
その言葉には現実的な重みがあります。

9月2日

大きなハリケーンがメキシコ国土近く
を通り、過ぎた後の昨日の夜もかなり
激しい雨を受けていました。
そしてお昼になっても曇り空は変わらず
冷え込んでおります。

今年は雨が多いですね。


私の体調は今のところ別段問題無いのですが
日に日に、午前中の胸やけが少しづつですが
増して、眠気に襲われています。

夫は一日在宅ワーク日を増やして、
重たいものを持つような家事の負担を
減らしてくれています。

私よりも、夫のほうが
「これからも何が起こるか分からない」
という緊張感があるような気がします。


日々日々お腹は膨らみ、
大事に守ろうと思うのと同時に
9月8日に無事に心拍が確認できますようにと
願っています🙏

8月28日土曜日判定後初めての診察

 恒例のバレーボールの後、レオンのクリニックへ
出かけました。

バレーボールは、一時帰国の方が多く、
今日は5人だったのですが、ここのところ
友人のJasmineが所属するメキシコ人グループと
毎回交流ゲームが出来ていて、今日は
向こうから1名レンタルしてもらい、
6-6でゲームを楽しんでいました。

若い子も多くてパワーもあり、自称おじさん達
も奮闘するのですが、いつもわずかで負けてしまいます。

私はもちろんぬくぬくと応援です。


クリニックへ着くと待合室で血圧と心拍を
測りに来られました。これまでは無かったことで
妊娠した次の流れにいるのだなぁとじんわりと
嬉しく、不思議に感じました。


施術服に着替え、超音波検査で、
1つの卵が良い大きさでいい場所に
着床していることがわかりました。

🙏


2つ移植したので1つはなんらかの理由で
失ってしまったのですが、75%のケースで
そうなるらしいです。

双子のシミュレーションをしていたので
寂しく思いますが、これは神のお声なのだなと
思うしかありませんね。

今回もイラプアトで買えない血栓防止薬と
プロゲステロンオイルを買っていきました。
次の診察は9月8日水曜日。
心拍はその時かな?ということです。
現在5週目です。



瘀血(おけつ)について

 
鍼灸師で武術家の友人が中医の奥さまと開いている
漢方薬院です。東京の自由が丘にあります。
私の不妊はこちらにも支えてもらっています。
漢方薬は配送出来ないから、一時帰国する
知り合いなどにお願いしてハンドキャリーして
もらったりもしました。

先生に、遠隔カウンセリングしてもらった時に
「うーん、お血出てるやん」
と言われて初めて知ったのですが、

お血・・・舌裏の静脈が黒っぽくぷっくりと浮かび
上がっているのは、血液の流れが悪くとくに不要物が
流れていない証拠になります。

調子が悪いと自覚するときには必ずそうなっています。

指摘されてから、ちょくちょくと確認して、
自覚した体調と舌裏の状態がどうつながるのかを
観ていました。

これは移植直前の舌です。移植待ちの間に。


これは1年前の。


表の状態よりもこのお血を気にされていました。
表では、私は水分がたまりやすく、血が足りない
という診断がされます。

水分がたまりやすいのは胃腸の動きが悪いこともあって、
胃腸の様子も体感するようにしていました。

自分ではいつもこんな程度だと思い込んでいるところに
少し踏み込んでみるのもよかったのだと思います。

消化が悪いと栄養が身体に入らないですからね。

山崎君に鍼を打ってもらう時もちょっと気になる時は
胃腸の動きがよくなるようにともお願いしたことも
あります。

囚われてしまうのはよくないですが、
自分の調子がどうなのか、そしてそれを整える
目安になると思います。


判定から1週間

 早くも判定から1週間。

ブログで経緯を書いているので、
見てくださった方がおめでとうのコメントをくださり
嬉しいです。本来は、例えば心音を確認した後や
安定期に入ってからお知らせとなると思いますが、
ここでは全てを綴っているので、今の段階でも。

おめでとうや、それ以前に私が不安を抱えていることに
共感くださりインスタなどでもDMくださって、
それぞれの優しさに本当に心が温まりました。
ありがとうございました。

日々お腹は膨らんでくれるものの、朝起きたらしぼんでいたら
どうしようとか思ったりもします。だから朝起きて、お腹に
触れてホッとするのも日課になりつつあります。

いわゆる超初期段階にあたるので、妊娠していることに
気が付かない場合も多いはずですが、例えば私の場合は
もうおっぱいよりお腹のほうが大きくなっています。


先週土曜日はイラプアトでは手に入らない
プロゲステロンオイルと血栓防止薬(どちらも注射)を
買いに行きました。


ここまで導いてくださった先生、出会えて本当に
よかったです。次の診察はこの土曜日。

安静にということなので、アルちゃんのお散歩は
夫と日本語クラスの生徒さん姉妹に半分半分お願いして
朝は6時くらいで暗く涼しくアルちゃんも活動的では
ないし、他のワンコと遊ぶ機会もないので自分で行います。


夫もとても協力的で、足湯バケツも湯加減以外は
全部用意してくれたり、重たいものを持たせないように
工夫気遣いしてくれています。

普段より日中の運動量が減っているので肉体的な
疲れが少ないわりに頭が冴えてしまうので
夜眠る前にも10分だけ瞑想を始めました。

ボトルに入った絵具の粒子がスーッとそこに沈んで
透明な水が見えてくるように、眠る前に
いいこともそうでないこともなんでも、
起こったことをスーッと落ち着かせて
ただ自分はここに居るんだということだけを
呼吸に乗せて過ごします。

とても効きます👌











ご報告

 ●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○

インスタグラムでおパグとか
生活の様子を載せています。

 https://www.instagram.com/mmktauchi/

メキシコでの不妊治療についてインスタを通じて
お問い合わせがありました。
私もという方ご遠慮なくインスタでも、
mmktauchi@gmail.comでも、ご連絡ください😊

 ●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●○ 

ブーゲンビリアがまた咲き始めました。
1年に何度も咲き頃が訪れます。

私たちにはようやく、”妊娠”がやってきました。
これまで3度の移植をして3度の妊娠判定を受けましたが、
今回が一番緊張しました。

朝7:15から開ているイラプアト市内にある不妊専門クリニックと
ラボラトリオ。
(主治医のLoreに会うまで知らなかった)
こちらでは、昨年採卵までの卵胞の育ち具合や子宮内膜を
チェックしに来ていました。毎回レオンまで行くのは大変だから
Loreが信頼を置いている女医さんと連携を取って進めていました。

こちらには薬局もあり、必要なものを揃えることも出来ます。



血液検査はこちらで。
待ち時間も無く、いつもスムーズに提出。


そして午後4時前後に結果をEmail送信してくださいます。

落ち着きませんでした。

昨日木曜日は午後は日本語クラスが続いていたので、
気を紛らわすことが出来ましたが、血液を提出し、
検査結果が届くまで、ドキドキが止まりませんでした。

2:40からのクラスの途中でラボからのEmailが届き、
開きたいのを我慢しつつ、終わりがけ生徒さんが
ノートをとっている間にえいぃっと開けてしまいました。

HCG値は645。
主治医からは最低50あればよいと聞いていたので、
これは大丈夫なのだなと思いつつ、主治医へ転送し、
確認を待ちました。

そして、こんなメッセージが。


ひとまずホッとしましたが、
まだ道のりは長く、飛びあがるように嬉しい!!!
ということではなくて、気がひきしまるような
力のほうが強かったです。

24歳の元気な卵ちゃんの生命力の強さをありがたく。


お腹はすでにポコッと出ています。
日々変化するこのお腹を知っていたので
もし出来ていなかったら、なんなんだろうか
といずれにせよ、不安でした。

投薬内容はしばらく変わらず、同じものを
続けます。

1夜明けて、夫にはまたいつものように
プロゲステロン注射をお尻に打ってもらいました。


薬が沢山あるので、まず判定日まではチェック表をつけていました。
新しく書き換えなきゃ。


ひとまずのご報告でした🙏

アルちゃんは、気づいているかなぁ☆





Noteにお引越しします

 タイミングもあって https://note.com/mmktauchi/n/n5ff3420cb5d1 こちらにお引越ししました! ご関心のある方、 引き続き覗いてみてください💛